ゴッサムシティに、百花狂乱のニューヴィラン時代が幕を開けた--。
DETECTIVE COMICS#583 (Cover: Mike Mignola, Anthony Tollin) ©DC Comics.
80年代終わりから90年代にかけて、バットマンの世界にキレキレのヴィランを大量に生み出したライター、アラン・グラント。そんな彼がジョン・ワグナーとともに初めてバットマンのライターを務めたのが、本作『バットマン:フィーバー』(”Batman: Fever”)だ。ゴッサムのスラムが抱えるドラッグ問題と、本作初登場のヴィラン、ヴェントリロクイスト&スカーフェイスの異常っぷりが詰まった80年代のバットマンの名作を紹介!
あらすじ
街に新たなドラッグ「フィーバー」が出回っていた。少年達がハイになり、自分を抑えきれず殺人にまで発展した現場に遭遇したバットマンは、なんとかこの危険なドラッグを根絶することを誓う。警察も取引場所は把握しているものの、確実な証拠が得られず、なかなか捜索に踏み込めずにいた。このフィーバーの元締めはゴッサムの新たなマフィア、スカーフェイスとベントリロクエスト。いかにもマフィア然とした腹話人形のスカーフェイスが、気弱で平凡な腹話術師のベントリロクエストを支配する。見るからに異常な構図ながら、恐怖による統率や忠実な部下の力によってここまで上り詰めた彼らは、法律をうまく悪用して取引を隠し続けていた。しかし、ついにバットマンによる正義の鉄拳が下ろうとしていた。
作品解説
1988年にDETECTIVE COMICS #583-584にかけて展開された本作は、マイク・W・バーからバトン引き継いだアラン・グラントとジョン・ワグナーがストーリーを担当した最初のバットマンのコミックスである。今作で組んで以来、長きにわたってアラン・グラントと作品を生み出すことになるノーム・ブレイフォーグルがアートを担当した。同時期に展開されていた『バットマン』の方は、フランク・ミラーの『イヤーワン』以降、マックス・アラン・コリンズのクライムアクションや、ジム・スターリンによる社会派ストーリーが展開されており、バットマンVSクレイジーな新ヴィランの戦いをテンポよく描くこちらの『ディテクティブ・コミックス』とは性格が異なり、それぞれにバットマンの魅力を引き出していた。
登場人物
バットマン
ヴェントリロクイスト&スカーフェイス:ゴッサムの裏社会に現れた新たな犯罪組織のボス。神経質な腹話術師と短気で怒りっぽい腹話人形という組み合わせ。腹話術のため、スカーフェイスは子音のBが発音できず、バットマンをガットマンと呼ぶ。(何故かMやPは発音可能)
ライノ:スカーフェイスの忠実なる側近。
作品のポイント!
狂気の新ヴィラン、ヴェントリロクイスト
本作が初登場となるヴェントリロクイストとスカーフェイスは、これ以降もバットマンのコミックスで度々登場することになる、アラン・グラントの代表的なヴィランの一人である。ヴェントリロクイストは、自分の別人格となった腹話人形を操る神経質そうな眼鏡の男だが、腹話人形スカーフェイスと会話する姿があまりに異常な上、眼鏡で常に表情が見えない不気味さも相まって、初めてこのキャラクターを見たときは戦慄を覚えた。派手な異常者の群雄割拠であるゴッサムにおいて、全く強そうではない、ヴィランらしい派手なコスチュームも着ていない、でも何をしでかすか全くわからないという恐怖とギャップ。およそスーパーヴィランらしくない出で立ちながら、気弱なヴェントリロクイストが、殺しを全く躊躇しない直情さを持つスカーフェイスを操るというコミックらしい突飛な発想。それこそ、ヴェントリロクイストとスカーフェイスの人気の秘密だろう。
怒りに満ちたバットマン
アラン・グラントとジョン・ワグナーが描く世界はどちらかといえば明るいタッチで、スーパーヒーローコミックのワクワクが詰まったコミックスだが、それでも新キャラクターの魅力だけに頼らない感情的なストーリーが展開される。ドラッグやギャングといった犯罪のステレオタイプを描きながらも、少年たちを蛮行に走らせた社会に怒り、鼻息荒くスカーフェイスのアジトへと乗り込んでいくバットマンの姿は、ただの記号の組み合わせではない迫力がある。バットマンの力の入りまくった表情はノーム・ブレイフォーグル渾身のペンシル。
『バットマン:フィーバー』が読めるのは…
TPB
この作品はクライシス以降のディテクティブ・コミックスを収録したTPB『Batman: The Dark Knight Detective Vol. 2』に収録されています。Vol. 1にはマイク・W・バーとアラン・デイヴィスの時期のストーリーが収められているので、グラント/ワーグナー/ブレイフォーグルの担当時期から読みたい場合は、こちらのVol. 2からで問題なしです。
個別イシュー
作者紹介
アラン・グラント【Alan Grant】
コミック・ライター。1949年生まれで、スコットランド出身。出版社に勤めた後、ジョン・ワグナーと出会いコミックの世界に入る。80年代前半にイギリスのコミック雑誌『2000AD』で、ジャッジ・ドレッドを始めとする多くの作品をジョン・ワグナーと共同で手がけ、キャリアを築く。80年代後半、ジョン・ワグナーとともにアメリカへ移り、DCコミックスでミニシリーズ『アウトキャスト』を手がけた後、『ディテクティブ・コミックス』のライターとなる。ワグナーとの共同執筆を終えた後もバットマンのコミックスを描き続けた。その後もバットマンのみならず『ロボ』、『L.E.G.I.O.N.』、『デーモン』などを手がけ、90年代を代表するコミックライターの一人となる。代表作は『バットマン:スノー&アイス』、『バットマン:ラスト・アーカム』他多数。
ジョン・ワグナー【John Wagner】
コミック・ライター。1949年生まれ。アメリカ、ペンシルバニア生まれのイギリス人。出版社で編集の仕事をした後、コミックライターとなる。イギリスのコミック雑誌『2000AD』で、カルロス・エスケらと共に『ジャッジ・ドレッド』を生み出した。80年代後半、アラン・グラントとともにアメリカへ移り、DCコミックスでミニシリーズ『アウトキャスト』を手がけた後、『ディテクティブ・コミックス』のライターとなる。グラントとの共同執筆を終えた後は再び『ジャッジ・ドレッド』を長年にわたり手がけている。他の作品に『ザ・クロウ』(カリバープレス)や『スターウォーズ』(ダークホース・コミックス)など。代表作は『ジャッジ・ドレッド』。
ノーム・ブレイフォーグル【Norm Breyfogle】
コミック・アーティスト。1960年アイオワシティ生まれ。1984年にDCコミックスの『New Talent Showcase #11』でデビュー。ファースト・コミックスなどでいくつかの作品を手がけた後、『ディテクティブ・コミックス』のペンシラーに抜擢された。代表作はライターのアラン・グラントと手がけたバットマン作品で、ヴェントリロクイスト、ラットキャッチャー、アナーキー、ザーズなど数多くのキャラクターをともに創造した。その他にも、『フラッシュポイント』や『スペクター』などでアートを担当した。2018年に逝去。