ジョーカーがゴードン親子を狂気の淵へと突き落とす。
BATMAN: THE KILLING JOKE (Cover: Brian Bolland) ©1988 DC Comics.
アラン・ムーアとブライアン・ボランドというイギリス出身の二人のクリエイターによって紡がれた、ジョーカーの過去とバットマンの歴史に残る悲劇。今尚ジョーカーの最高傑作と名高い『バットマン:キリング・ジョーク』(Batman: The Killing Joke)を紹介!
あらすじ
とある精神病院に二人の男がいた…
ある雨の日、アーカム・アサイラムを訪れたバットマン。尋問するはずのジョーカーの逃亡に気づき、手がかりを集め行方を探るが、ジョーカーは遊園地を舞台にした狂気のショーを計画していた。ジェームズ・ゴードンを狂気に落とすため、家に押しかけてバーバラを撃ち、ゴードンを誘拐したジョーカー。一体、何がジョーカーを犯罪に駆り立てるのか。そして、バットマンとジョーカーの戦いの結末は果たして…。
作品解説
1988年にオリジナルのグラフィックノベルとして発表された本作は、バットマンの歴史に残る名作であり、悲壮とジョークの入り混じるジョーカーのオリジンを確立したジョーカーの最高傑作として、現在でも語られ続けている。アーティストのブライアン・ボランドの元に来た企画から、彼がバットマンとジョーカーの物語を提案し、アラン・ムーアに声をかけたことで実現した。カラーはジョン・ヒギンズが担当したが、2010年に発売された新装版ではボランド自らカラーを務め、大幅な変更が加えられている。
本作は、プレステージ・フォーマットと呼ばれる上質紙を使った平綴じの製本で出版され、14刷まで再版された他、ハードカバー版やデラックスエディションなど、常に新しいエディションで発売・再録され続けている。ちなみに、オリジナルは緑のロゴだったが、二刷以降ピンクや黄色など様々なロゴの色で再版された。
ファンや批評家からの人気だけでなく、アイズナー賞やハーヴェイ賞といったコミックの賞も受賞してきた。
1989年アイズナー賞 受賞3部門:ベスト・ライター賞、ベスト・アーティスト賞、ベスト・グラフィック・アルバム賞
1989年ハーヴェイ賞 受賞4部門:ベスト・シングル・イシュー賞、ベスト・グラフィック・アルバム賞、ベスト・アーティスト賞、ベスト・カラリスト賞
登場人物
バットマン:ゴッサムの街の守護者。強い憎しみを持ちながらも、信念を貫いてジョーカーを殺さないため、その関係は常に深まっていく。
ジョーカー:本作のヴィランであり、もう一人の主人公。表紙のカメラを構えた姿や、ゴードン邸を襲撃した時のアロハシャツ姿などが特に有名となった。
ジェームズ・ゴードン:ゴッサム市警の本部長。ジョーカーに捕まり、狂気に落ちる瀬戸際に立たされる。
バーバラ・ゴードン:ジェームズ・ゴードンの娘で、元バットガール。本作の直前に、バットガール引退を決意する最後の事件のエピソードが描かれた。
作品のポイント!
バットマンとジョーカーの関係
バットマンとジョーカーの、狂気と隣り合わせの表裏一体の関係性は現在まで繰り返し描かれてきたが、二人の関係をそこまで昇華させたのがこの『バットマン:キリング・ジョーク』だ。どんな非情な犯罪を引き起こしてもジョーカーを殺せないバットマンと、どうしてもバットマンに執着してしまうジョーカー。憎しみあいながらも、お互いの存在を意識してしまう二人のキャラクター像が、読み進めるうちにだんだんと確立されていき、最後にはどうしても離れられない関係の二人を理解することになる。だからこそ、ジョーカーのジョークを二人で笑い合うラストに、二つの解釈(バットマンがジョーカーの肩に手をかけて笑っているのか、あるいは、ジョーカーの首に手をかけて締めているのか)が生まれ、どちらととっても心理的な深い意味が残されるのだろう。
ジョーカーの過去
身重の妻を持つ売れないコメディアンの男が、妻と子供のためにギャングの誘いに乗って一度だけ犯罪に手を染めてしまうが、その日に起こった二つの悲劇によって、彼はただのコメディアンからジョーカーへと変貌してしまう…。
本作では現在の時間軸と並行して、ジョーカーの過去の回想が描かれている。現在から過去、過去から現在へのシーンの連なりは見事な展開で、コマからコマへの移動が象徴的に進んで行く。妻が差し伸べる手を取ろうとするジョーカーから、遊園地でピエロのゲームに手を伸ばすジョーカーへ。グラスを持ってバーバラを陵辱するジョーカーから、レストランでギャングの誘いに乗るジョーカーへ。ディナーのエビの足をむしるギャングから、足の自由を奪われたバーバラへ。そのほか全てのカットが次の動作へと連なっており、アラン・ムーアの脚本へのこだわりが感じられる。
ジョン・ヒギンズのカラーでは過去と現在の描写の違いがそれほど強調されていなかったが、ブライアン・ボランド自身による新版のカラーでは、過去編はモノクロを基調としながらも赤がピックアップされており、象徴的な色の使い方がされている。
本作で描かれたレッドフードとしてのジョーカーの過去は、1951年のDETECTIVE COMICS #168で描かれたストーリーを踏襲している。しかし本作でも描かれているように、ジョーカーの過去とはそれが実際に起こったことなのか妄想の産物なのか判然としておらず、これが絶対的なジョーカー誕生譚ではないという部分も、ジョーカーというキャラクターを象徴している。
バーバラ・ゴードンのトラウマ
バーバラ・ゴードンは本作でジョーカーに撃たれたことで、一生車椅子生活を送ることとなる。それまでバットガールとして活動していた彼女だったが、この時は既に引退した後だった。そもそも、クライシス以降バーバラは誌面に登場していなかったのだが、本作の直前に発売された『バットガール最後のストーリー』と題されたBATGIRL SPECIAL #1にて、かつての宿敵コーモラントとの戦いに区切りをつけ、ヒーロー活動を引退する様子が描かれた。
本作でバーバラが受けた銃弾と陵辱は、これ以降のコミックで常に彼女のトラウマとして登場し続けることとなる。バーバラが、情報面でヒーローをサポートするオラクルとして再登場した後も、NEW 52で工学の力を借りてバットガールとして復活した後も、この事件の描写が繰り返し描かれることとなった。
最悪の1日と狂気の瀬戸際
本作では回想でジョーカーの、現在でジェームズ・ゴードンの最悪の1日が描かれる。ジョーカーは不幸な1日でどんな人間も狂人になれることを証明しようとするが、ゴードンは理性を保ち続ける。また、ジョーカーに撃たれたバーバラにとってもこの日は最悪の1日となるが、彼女もまた狂気に落ちることはなく、後のコミックスで復活を果たす。そして有名なブルース・ウェインの両親が殺された日も、バットマンにとっての最悪の1日であり、ブルース・ウェインの理性と狂気を分ける日である。バットマンは正義の側に立ち続けているが、コウモリの姿でゴッサムの怪人達を追うバットマンは、既に狂人の仲間であるとジョーカーは考えており、それゆえにジョーカーはバットマンに執着するのだ。
『バットマン:キリング・ジョーク』が読めるのは…
邦訳版
日本でのアラン・ムーア人気もあり、本作は二度にわたり邦訳版も発売されている。
バットマン:キリングジョーク ― アラン・ムーアDCユニバース・ストーリーズ
まず2004年に、ジャイブからアラン・ムーアの他の作品も併録した作品集として発売された。こちらはオリジナルのジョン・ヒギンズのカラーが収められているが既に絶版となっている。
バットマン:キリングジョーク 完全版
続いて2010年には、ブライアン・ボランドによるカラーが収められたデラックス・エディションを基にした邦訳版が小学館集英社プロダクションから刊行された。こちらには『バットマン:キリング・ジョーク』に加えて、ブライアン・ボランドによる短編『罪なき市民』も併録された。
TPB
オリジナルのグラフィック・ノベル以降、アメリカでも多くの特別版が発売されてきた。
Batman: The Killing Joke (The Deluxe Edition)
日本語版も発売されている、デラックス・エディション。
Batman Noir: The Killing Joke
バットマンの名作をペン入れ時の状態でモノクロ収録するシリーズ『Batman Noir』のラインナップの一つ。
Absolute Batman: The Killing Joke (30th Anniversary Edition)
発表30周年を記念して発売された完全版にはジョン・ヒギンズのカラー版とブライアン・ボランドのカラー版の両方が収められている他、アラン・ムーアによるオリジナル原稿も収録された。
Batman: The Killing Joke Deluxe (New Edition)
2020年に発売された最新版。デラックス・エディションの内容に加え、マーク・ウェイドとブライアン・ボランドによって描かれた、ジョーカーのオリジンをたどる2ページのショートや、キリング・ジョークの下書き画、ブライアン・ボランドが手がけたジョーカーの表紙の数々などが追加収録された。
映像化作品/関連映画
バットマン:キリングジョーク
2016年にOVAとして映画化され、ブルーレイで発売された。原作が短編のため、映画ではバットガールの活動シーンを挿入したり、遊園地のショーのシーンを厚くしたりと、多くの追加シーンが描かれている。
ジョーカー
2019年の映画『ジョーカー』は、コメディアンの男がジョーカーとなって行くまでを描いており、本作も強い影響を与えたと言われている。
作者紹介
アラン・ムーア【Alan Moore】
コミック・ライター。1953年イギリス生まれ。1980年代からイギリスのコミック誌『2000AD』や『ウォーリアー』で作品を発表し始める。その頃の作品に『Vフォー・ヴェンデッタ』や『ミラクルマン』などがある。1983年にレン・ウェインによって『スワンプシング』のライターに起用され、それが成功したことで、DCコミックスに活動の場を移していく。グリーンアローやスーパーマンのストーリーをいくつか担当した後、1986年に『ウォッチメン』を発表。コミック史に残る歴史的名作として評価されるが、DCコミックスとの確執が深まり、1988年の『バットマン:キリング・ジョーク』を最後にDCコミックスの仕事から離れることとなった。その後インディペンデントで『フロム・ヘル』を発表。イメージ・コミックスでは『WildC.A.T.s』等を手がける。ジム・リーによって、ワイルドストーム・プロダクションの傘下にアラン・ムーア作品専用の出版社「アメリカズ・ベスト・コミックス」が創設され『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』や『プロメテア』など多くの名作を発表するが、ワイルドストームの権利がDCコミックスに売却されたため、ムーアは再びDCの下で働く形となってしまう。その後、再び大手出版社との仕事から離れ、『ネオノミコン』などの作品を発表している。
ブライアン・ボランド【Brian Bolland】
コミック・アーティスト。1951年イギリス生まれ。70年代後半に『ジャッジ・ドレッド』をはじめとした作品をコミック雑誌『2000AD』で手がけ、コミック・アーティストとしてデビューする。1979年のコミコンでコミック・アーティストのジョー・ステイトンと出会い、彼にDCコミックスで編集を担当していたジャック・ハリスに紹介されたことでアメリカでの活動を開始する。彼以降、多くのイギリス人コミック・クリエイターがアメリカで活動し、コミック業界の「ブリティッシュ・インベージョン」と呼ばれ一大ムーブメントとなるが、ボランドはその先人となった。1981年に『マダム・ザナドゥ』でDCコミックスとの仕事を始め、翌年にはDCコミックス初のマキシシリーズ『キャメロット3000』を担当した。その後1988年に、『ジャッジ・ドレッド』でもタッグを組んでいたアラン・ムーアとともに『バットマン:キリング・ジョーク』を発表し、同作でアイズナー賞を受賞する。それ以降あまり多くの作品で本編の作画を担当していないのだが、『アニマルマン』『ワンダーウーマン』『インビジブル』等、数多くのDC作品でカバーアートを手がけてきた。