バットマンが直面する最大の悲劇。
BATMAN #426 © 1987 DC Comics.
ロビンを襲った悲劇を描いたことで有名な『バットマン:デス・イン・ザ・ファミリー』(Batman: A Death in th Family)。コミックスに社会問題を取り入れ、バットマンと周りの人間たちの感情の機微を丁寧に綴るジム・スターリンが、バットマン、ジョーカー、ロビンの三人を展開豊かに描き出した傑作を紹介!
あらすじ
ロビンとしての成長がめざましいジェイソンだが、両親を失った彼の精神状態を気遣うブルースは、しばらくロビンを任務から外すことにする。それを機に自分の出自について調べ始めたジェイソンは、自分生みの親がどこかで生きていることを知るのだった。三人の女性に候補を絞ったジェイソンは、本当の母親を見つけるため、一人中東へと向かう。一方ゴッサムシティでは、ジョーカーがアーカムから脱獄していた。ジョーカーは資金を得るため、隠し持っていた核ミサイルを中東国家に売り払おうと計画する。危険度を増すジョーカーを追い、バットマンもまた中東へと向かっていた。ゴッサムシティからイスラエル、レバノン、エチオピアへと、ロビン、ジョーカー、バットマンの三人の運命が、悲劇に向かって交錯していく…。
作品情報
基本情報
© 1988 DC Comics.
原題:BATMAN: A DEATH IN THE FAMILY
シリーズ:オンゴーイング・シリーズ
開始:1988年12月号
終了:1989年1月号
イシュー:Batman #426-429
前ストーリー:『バットマン:ダンプスター・スラッシャー』
次ストーリー:『バットマン:メニー・デス・オブ・バットマン』
マックス・アラン・コリンズからバトンを受け取り、アーティストのジム・アパロと共に1年に渡ってバットマンのコミックスを手がけてきたジム・スターリン。治安の悪いストリートでは女性たちが連続殺人鬼に殺され(『ダンプスター・スラッシャー』)、街では冷戦の緊張が高まる中、政府の要人がソ連の暗殺者に次々と殺されていく(『10ナイツ・オブ・ビースト』)。80年代当時のアメリカ市民の不安や社会情勢を反映したリアルな世界観の中にゴッサムシティを設定し、そこでもがくバットマンをエモーショナルに描くスターリンのバットマン・サーガ。そのフィナーレを飾るのが本作である。
この作品ではロビンがジョーカーに殺される。だが、ロビンの死は最初から決定した展開ではなかった。その結末(ロビンの生死)はなんと読者の手に委ねられていたのだ。ロビンが爆発に巻き込まれたシーンで終わる#427。その巻末には投票の説明が掲載され、電話による読者投票でロビンの生死が決まるという、今までない手法が取られた。結果は生きる方に5271票、死ぬ方に5343票という僅差であり、ほんのわずかの票の差が、一人のキャラクターの命運を分ける結果となった。電話投票による物語の選択という企画は、編集者だったデニス・オニールの発案であった。
登場人物
バットマン:本名ブルース・ウェイン。ゴッサムシティのヴィジランテであり、DCユニバースを代表するスーパーヒーロー。今作ではゴッサムシティを離れ、中東~アフリカを巡り宿敵ジョーカーを追う。
ロビンII:本名ジェイソン・トッド。二代目ロビン。両親を喪い、不良となっていた時にバットマンと出会いロビンとなった。生みの親が別にいることを知り母親探しの旅へと出る。
ジョーカー:ゴッサムシティで最も危険な犯罪者であり、バットマン最大の宿敵。その気ままな悪行がバットマンとロビンを最悪の運命へと突き落とすことになる。
アルフレッド・ペニーワース:ブルース・ウェインの執事でバットマンの最大の理解者。ジェイソンの心境を理解し、ブルースに助言をしている。
ジェームズ・ゴードン:ゴッサム市警の本部長。本作は、ジョーカーによって娘のバーバラが半身不随となり、自身も恐怖の一夜を過ごすことになった『キリング・ジョーク』事件の直後であり、ジョーカーに対してはただならぬ思いを抱いている。
シャーミン・ローゼン:ジェイソン・トッドの母親候補の一人。イスラエルで秘密諜報部員として活動している。
シヴァ・ウーサン:ジェイソン・トッドの母親候補の一人。世界最高の格闘家の一人で、リーグ・オブ・アサシンにも加わったことのある傭兵。この時点ではレバノンに滞在している。
シーラ・ヘイウッド:ジェイソン・トッドの母親候補の一人。エチオピアで人道支援に携わっている。
スーパーマン:メトロポリスを拠点とする、バットマンと並ぶ人気を誇るスーパーヒーロー。街での自警活動だけではなく、アメリカ政府の要請で動くことも多い。バットマンとは友人であるが、国家を代表する側として、バットマンと対立する立場に立たされることもある。
作品のポイント!
二代目ロビンの運命
本作最大のポイントは、やはり何と言ってもロビンが直面する運命である。ジェイソン・トッドの死が発案された背景には、彼が初代ロビンのディック・グレイソンほどには読者からの人気を得られなかったことがあるという。クライシス以前ではサーカス出身のディックの出自をなぞったような模倣的なキャラクターでしかなく、クライシス以降はマックス・アラン・コリンズによる素晴らしいオリジンが描かれたにもかかわらず、乱暴で青臭い性格がその時代の読者が求めていたものとマッチしていなかった。そんな一直線な性格が彼を悲劇へと導いてしまうのだが、彼に向けられるバットマンの視線はとても人間らしいものである。ジェイソンに向けるのは、バットマン自身の孤独も反映した親心にも似た感情であり、彼の死を悼む姿は、かつてないほどの深い悲しみを体現している。
感情の表現を見事に描くスターリンのコミックスにあって、感情が最大に揺れ動く「身内の死」を取り扱う本作は、スターリンのバットマンにとって最高傑作であり、バットマンの歴史に残る名作である。
凶悪な犯罪者、ジョーカー
初登場時から現在に至るまで、ジョーカーはバットマンの最大の宿敵として登場し続けてきた。バットマンとの関係を深掘りした作品から、その狂気に焦点が当てられた作品まで様々な側面が描かれてきたジョーカーだが、今作では彼がいかに危険で冷酷な犯罪者であるかという点が象徴的に描かれている。核兵器まで持ち出して国家規模の脅威となったジョーカーは、ゴッサムのみならず世界情勢を揺るがすほどの最凶の存在となった。人を殺めることを何とも思わず、足取り軽く世界を飛び回るジョーカーの危険度レベルが本作でまた一つ引き上げられた。だがそんな社会の敵である一方で、ジョーカーは宿敵バットマンに執着し、永遠に消えない心の傷をつけるパーソナルな存在でもある。『デス・イン・ザ・ファミリー』は、その衝撃の展開から、どうしてもロビンの命運に焦点が向けられることが多い。しかし、ジョーカーのスーパーヴィランとしての危険さと、バットマンとの深い因縁の両方が描き出された作品しても本作は鋭く、ジョーカーの代表作品のひとつと言える。
世界を舞台にしたバットマンのアート
『ダークナイト・リターンズ』と『バットマン:イヤーワン』というフランク・ミラーの二つの名作以降、ダークヒーローとしての側面が強くなったバットマンのコミックス。そこではバットマンの闇が色濃く反映され、それに呼応するかのように陰鬱なゴッサムシティが描かれてきた。しかし本作では、ゴッサムを飛び出し、中東やアフリカが主な舞台となっている。夜や暗闇のイメージが強いバットマンだが、直射日光がジリジリと照りつける砂漠での戦いの描写は、バットマンのコミックスに長年携わってきた名カラリスト、アドリエンヌ・ロイの明快な色使いが非常に効果的に飛び込んでくる。作中で肌色のドーランを塗ったジョーカーは、その恐ろしい言動とは裏腹に少しぼやけた存在に見えるが、その分、次のシーンでお馴染みの白い顔に戻り、ロビンを執拗に叩きのめす様は狂気的で、ジョーカーというキャラクターのコントラストがはっきりと映し出されている。
60年代からアーティストとして活躍するジム・アパロのアートは、ヒーローもヴィランも派手に特徴付けられており、シルバーエイジからDCコミックスを支えてきたアーティストらしい明るいキャラクター描写である。だがそのおかげで、スターリンの持つ物語の質感が必要以上に暗いものにならず、ファミリーの死を扱いながらも、作品をスーパーヒーローものとしてのバットマン・コミックスに留めている。それに加え、キャラクターの内面を端的に捉え、感情を丁寧に拾い上げたマイク・ミニョーラのカバーアートも、本作の魅力に花を添えている。
ちなみに、KGビーストが初登場した『10ナイツ・オブ・ビースト』(#417-420)と本作の間は、ジム・アパロではなくマーク・ブライトやディック・ジョルダーノがアートを担当しており、こちらは、社会の暗部を描くスターリンのストーリーを補強するような陰鬱さを感じられる、ダークなアートとなっている。
その後の展開
バットマンのストーリーとクリエイター
BATMAN #429で完結を迎えた『デス・イン・ザ・ファミリー』の後、スターリンは#430で彼の描いてきたバットマンのエピローグとも言える作品を発表し、次のライターへとバトンを引き継いだ。このBATMAN #430『遺志』という作品は、バットマンが無差別狙撃犯と対決するストーリーで、ゴードンに「今夜はロビンはいないのか?」と聞かれたバットマンの複雑な表情や間が、『デス・イン・ザ・ファミリー』以降、常にバットマンの心に重くのしかかる後悔や喪失感を感じさせる。さらに、狙撃犯との対決前にバットマンが両親の喪失を思い返す場面もあり、バットマンがいかに身近な人の死と向き合うかが描かれた重厚な短編となっており、是非とも『デス・イン・ザ・ファミリー』を読んだ後に読みたい一冊となっている。
スターリンからバットマンを引き継いだのは、当時ジム・オースリー名義だったクリストファー・プリーストだ。翌年のアニュアルを含めても3話だけの担当であったが、一つずつ手がかりをたどり事件解決へと向かっていくバットマンの姿を、ドラスティックで緊張感あふれる展開で描き出し、スターリンとはまた違ったダークなバットマンの一面を見せてくれた。
ジム・アパロはその後も引き続きアートを担当し続け、プリーストの他にもジョン・バーンやマーヴ・ウルフマン、ダグ・モエンチ、チャック・ディクソンなど様々なライターと仕事をしている。
ジェイソン・トッド
本作で死を迎えた二代目ロビンことジェイソン・トッドだが、なんと17年後の2005年『バットマン:アンダー・ザ・フード』にて蘇ることとなる。赤いマスクを被った危険人物「レッドフード」となり、バットマンの新たなヴィランとして復活を果たしたジェイソンは、2011年のNEW 52以降ダークヒーローとなって、10年にわたって個人タイトルを持ち続ける人気キャラの一人となった。
ロビン
短命に終わった二代目ロビンだったが、約二年後には三代目のロビンが登場を果たす。直情的で、頭よりも体が先に動くタイプのジェイソンとは対照的な、テクノロジーに強く、冷静な性格のティム・ドレイクという少年が新ロビンとなった。三代目ロビンの誕生を描く『バットマン:ロンリー・プレイス・オブ・ダイイング』は『デス・イン・ザ・ファミリー』の続編的な内容にもなっており、日本版単行本では両作品が1冊に収められている。
ティム以降もステファニー・ブラウン、ダミアン・ウェインがロビンの名を継いだが、その全員が一度は死を迎えるという、劇的なキャラクターとなっている。
単行本情報
翻訳版
TPB
イシューリスト
©1987 DC Comics.
A Death in the Family – Chapter 1
A Death in the Family – Chapter 2
(カバーデート:1988年12月)
©1988 DC Comics.
A Death in the Family – Chapter 3
A Death in the Family – Chapter 4
(カバーデート:1988年12月)
©1988 DC Comics.
A Death in the Family – Chapter 5
(カバーデート:1988年12月)
©1989 DC Comics.
A Death in the Family – Chapter 6
(カバーデート:1989年1月)
映像化作品
本作は20年にオリジナル・アニメ作品としてブルーレイが発売された。電話投票でロビンの運命が決められた原作の要素を取り入れ、視聴者がその後の展開を選ぶことでストーリーが変わっていくという方式になっており。1枚で数通りのストーリーが楽しめる作品となっている。
作者紹介
ジム・スターリン【Jim Starlin】
コミック・ライター兼アーティスト。1949年デトロイト生まれ。1960年代に航空写真家としてベトナム戦争に従軍後、コミックスの世界へと入る。1972年にマーベル・コミックスでロイ・トーマスとジョン・ロミータの元で働き、アーティストとして主に活動していた。当時の仕事では、サノス、ドラックス、シャンチーといったマーベルの人気キャラクターを生み出している。活動当初からDCコミックスでもいくつか作品を残しているが、スターリンが本格的にDCコミックスの作品を手がけるようになったのは、ライターとして携わった1987年のBATMAN #414からである。担当時期には『バットマン:10ナイツ・オブ・ビースト』、『バットマン:カルト』、『バットマン:デス・イン・ザ・ファミリー』といった、社会の暗部や問題に焦点を当てたバットマンの名作を生み出し、約一年にわたってバットマンの世界を描いた。1988年にはジャック・カービーのフォース・ワールドの意思を継ぐ名作『コズミック・オデッセイ』を発表し、1991年~1993年にはマーベル・コミックスにて『インフィニティ・ガントレット』『インフィニティ・ウォー』『インフィニティ・クルセイド』というマーベルの歴史に残るサーガを紡ぐなど、スペースオペラの代表的な作者として知られるようになった。その他のDCコミックスでの代表作に『ハードコア・ステーション』、『デス・オブ・ニューゴッズ』、『ストームウォッチ』(NEW 52)などがある。
ジム・アパロ【Jim Aparo】
コミック・アーティスト。1932年コネチカット州ニューブリテン生まれ。2005年、72歳で死去。コミックの職につこうとした20代初めのジム・アパロは、ECコミックスに断られ、広告業界で働くこととなる。その間もコミックスの腕を磨き続け、1966年にはディック・ジョルダーノのもとでチャールトン・コミックスに雇われることとなる。チャールトン・コミックスでスーパーヒーロー物を含む様々なジャンルのコミック作品に携わった後、DCコミックスでも活動を開始し、『アクアマン』のペンシラーに就任する。その後もDCにて、『アドベンチャー・コミックス』(スペクター)、『ファントム・ストレンジャー』、『ブレイブ&ボールド』といった多くの作品を担当し人気アーティストとなったアパロは、1983年から『バットマン&ジ・アウトサイダーズ』のペンシラーに就任。1987年には『バットマン』を担当するようになった。ジム・スターリンに始まり、クリストファー・プリースト、ジョン・バーン、マーヴ・ウルフマン、ダグ・モエンチ、チャック・ディクソンなど様々なライターと共にバットマンの歴史を作ってきた。長らくバットマン作品に携わってきた、バットマンを代表するアーティストの一人である。その後は『グリーンアロー』などを担当し、コナー・ホークが初めてグリーンアローとなる作品なども手がけている。代表作は『バットマン&ジ・アウトサイダーズ』、『バットマン:デス・イン・ザ・ファミリー』、『バットマン:ロンリー・プレイス・オブ・ダイイング』などのバットマンのコミックスのほか、シルバーエイジのアクアマンの名作『アクアマン:デス・オブ・ア・プリンス』、『アクアマン:サーチ・フォー・メラ』、『アクアマン:デッドリー・ウォーターズ』など。