『バットマン:イヤーワン』

『バットマン:イヤーワン』

バットマンの起源<オリジン>を新たに描いた87年の大傑作『バットマン:イヤーワン』を紹介!


BATMAN #404 (Cover: David Mazzucchelli) ©DC Comics

あらすじ

スラム街の路上から警察内部に至るまで、あらゆる場所で犯罪が蔓延る都市ゴッサムシティ。この街に二人の男がやってきた。12年ぶりに帰還した大富豪ブルース・ウェインと、新たに赴任した正義感溢れる刑事ジェームズ・ゴードン。犯罪を憎むこの二人が、それぞれのやり方でゴッサムを救うために立ち上がる。それまでの世界観を一新し、バットマンとゴードンの始まりの物語が刻まれる。それぞれの一年目が徹頭徹尾ハードボイルドに描かれ、モダンエイジのバットマンの夜明けがここに開幕する!

作品解説

バットマンとジェームズ・ゴードンのゴッサムでの一年目を描く本作は、1988年にBATMAN #404~407にかけて、全4号で展開された。DCユニバースを一新したイベント『クライシス・オン・インフィニット・アース』の後、新たな世界観での仕切り直しのタイトルとして発表され、新たなバットマンのオリジンとして、高い評価を受けている。リランチ以前は発行部数7万5千部と史上最も低迷していたバットマン誌の売り上げだが、本作は各号平均19万3千部と桁違いのヒットを出した。

本作は、この作品の前年『バットマン:ダークナイト・リターンズ』で新たにダークなバットマン像を作り出したフランク・ミラーがストーリーを手がけている。アートは、同じく前年に『デアデビル:ボーン・アゲイン』でミラーと組んだデヴィッド・マツケリーが担当。さらに、編集はかつてバットマンのライターも務めていたデニー・オニールが担当しており、ミラー×マツケリーのコンビを新たなバットマンのスタートに起用したのは彼の功績だ。

登場人物

バットマン:突如ゴッサムシティに現れた、犯罪者を叩きのめす自警員=ビジランテ。その正体は、少年時代に両親を殺され、12年ぶりにゴッサムシティに戻ってきた大富豪ブルース・ウェイン。

ジェームズ・ゴードン:左遷され、新たにゴッサムに赴任してきた刑事。胸の奥で燃える強い正義感を持っているが、状況を読む冷静な判断力も持ち合わせており、街の流儀を理解し、衝動的に軽率な行動には出ない思慮深い人物。それでも、じわじわとゴッサム市警の汚職撲滅に向けて行動しており、新たに現れたゴッサムの守護者バットマンとも協闘している。

セリーナ・カイル:ゴッサムの娼婦街で一目置かれる姉御。

アーノルド・フラス:ゴッサム市警の刑事で、汚職も厭わないゴッサム流のやり方で生きる男。当初は新たに赴任したゴードンの面倒を見ていたが、次第に正義感の強いゴードンへの嫌悪感を露わにする。

ジリアン・ローブ:ゴッサム市警の本部長。汚職や裏取引の蔓延する街の流儀でのし上がってきた。正義感の強いゴードンと、仕事の邪魔をするバットマンを疎んでいる。

バーバラ・ゴードン:ジェームズ・ゴードンの妻。息子を妊娠中。

サラ・エッセン:ゴッサム市警の若き女性捜査官。ゴードンと不倫関係に陥ってしまう。

ホリー・ロビンソン:セリーナとともに娼婦街で働く少女。純粋な精神持ち主で、

カーマイン・ファルコーネ:バットマンや数々のスーパーヴィランが登場する前のゴッサムシティの裏社会を取り仕切っていたマフィアの首領。キャットウーマンに…顔に傷をつけられてしまう。本作の続編とも言える『バットマン:ロング・ハロウィーン』にも登場し、より深いキャットウーマンとの因縁が描かれる。

ハービー・デント:ゴッサムの検事補。登場シーンは少ないが、裏取引に屈しない正義の若手検事として描かれている。

作品のポイント!

余計な感情は説明しないハードボイルド描写

本作ではバットマンとゴードンのモノローグを多用し、心理描写は丁寧に、かつ感情表現は抑えて描かれおり、端的な状況描写で物語が語られていく。適宜状況を判断し、ひとつひとつの動作を分析しながら、相手の次の動きを読み自分の行動を決めていくバットマン。バットマンという存在がどうあるべきかという命題と常に向き合い、ブルース・ウェインが悩みながら一歩ずつ進んでいく過程を細かく読み込んでいくと、彼が犯罪への復讐に燃える理想家から本物のバットマンに変貌していく様が必然のように受け入れられる。ゴードンもゴードンで、いくら苦境に立たされようが目的を明確に、眼光鋭く、自分にとって常にベストを目指していく。劇中では最初から最後まで犯罪と暴力が次々と展開され、特に第三話のラストのゴードンのモノローグは、彼の強さと弱さ、正義感や人間味が伝わる名描写だ。

「イヤーワン」という言葉を生み出し、これ以降のバットマン像を決定づけた原点

設定の移り変わりの激しいアメコミにおいて、本作のキャラクター像とストーリーのトーンは常にこれ以降のバットマンのストーリーの礎となってきた。 前年に発表された『バットマン:ダークナイト・リターンズ』と本作という二つのフランク・ミラーの傑作によって、バットマンの描写が一気にダークなものへと染まっていき、それは後のティム・バートンやクリストファー・ノーランによる映画版にも強い影響を与えていった。

たとえいかなる傷を負おうとも、最高のパフォーマンスと派手なガジェットの数々で敵を倒すバットマン。そしてそのバットマンが最も信頼する刑事であるジェームズ・ゴードン。バットマンの神話において不動の二人だが、彼らにとっての一年目を描く本作では、彼らは不器用に幾度も失敗を重ね、苦悩しながら自分の立場を見出していく。バットマンの人格に新たな輪郭を与え、単なる便利な脇役であったゴードンにより明確なキャラクター性が加わった本作は、ここから始まった新時代のダークナイトのストーリにふさわしい一作となった。

ちなみに、本作で使われた「イヤーワン」という副題は、これ以降他のキャラクターの原点を描く際にも頻繁に使われていくことになり、DCコミックスでキャラクターオリジンを描く際の定番ワードとなっている。バットマンの物語は、この後イヤーツー、イヤースリーというものも発表された。

『バットマン:イヤーワン』のその後

『バットマン』誌においてフランク・ミラーとデヴィッド・マツケリーが担当したのは本作(BATMAN #404-407)のみである。本作以降は、BATMAN #402から担当していたマックス・アラン・コリンズがBATMAN #408以降も引き続きバットマンの世界を描いており、彼はすでに登場していた二代目ロビンであるジェイソン・トッドに新たなオリジンを与えた。

本作の直接的な続編として、1996年から1997年にかけて『バットマン:ロング・ハロウィーン』がジェフ・ローブとティム・セールによって発表された。この作品はイヤーワンから直結する時系列での作品で、ゴッサムシティの犯罪がマフィアからスーパーヴィランに変わっていく様がミステリー仕立てで描かれている。さらにその続編『バットマン:ダーク・ヴィクトリー』も作られた。

また、『バットマン:イヤーワン』でも登場したキャットウーマンのオリジンが、1989年のミニシリーズCATWOMAN #1-4において描かれており、その作品ではイヤーワンで描かれたシーンもキャットウーマンの視点で描かれており、イヤーワンの裏側を補完する作品となっている。

『バットマン:イヤーワン』が読めるのは…

邦訳版

本作はバットマンを代表する傑作の一つとして評価されており、邦訳のコミックスも幾度か発売されています。初期のものは廃刊となっていますが、続編である『イヤーツー』も併録したヴィレッジ・ブックスから出版の単行本が2022年2月現在も刊行中。

TPB

個別イシュー

映像化作品/関連映画

 残念ながら日本語版は発売されていませんが、本作はアニメ映画(OVA)として映像化されています。

また、直接の映像化ではありませんが、クリストファー・ノーラン監督のダークナイト三部作は、本作及びフランク・ミラー作品から強い影響を受けていると言われています。

・『バットマン・ビギンズ』
・『ダークナイト』
・『ダークナイト・ライジング』

本作の作者フランク・ミラーは他にも数多くのアメコミの名作を手がけており、『バットマン:イヤーワン』が発表される約一年前に刊行された『バットマン:ダークナイト・リターンズ』はバットマン史に残る普及の名作で、数々のコミック賞を受賞している他、アニメ映画化もされています。『バットマン:ダークナイト・リターンズ』は邦訳版も発売されており、OVAも日本語版が発売されています。

・『バットマン:ダークナイト・リターンズ』

こちらもオススメ!

▶︎フランク・ミラーのもう一つのバットマンの金字塔『バットマン:ダークナイト・リターンズ』

▶︎アメコミ界の名コンビ、ジェフ・ローブとティム・セールが手がける本作の直接的続編『バットマン:ロング・ハロウィーン』

▶︎一年目だけじゃない!?二年目、三年目を描く意欲作『バットマン:イヤーツー』『バットマン:イヤースリー』

▶︎同じくクライシス後に発表された、スーパーマンとワンダーウーマンの新たなオリジンの物語『マン・オブ・スティール』『ワンダーウーマン:ゴッズ&モータルズ』

作者紹介

フランク・ミラー【Frank Miller】
コミック・ライター。1957年メリーランド州生まれ。コミック・アーティストとしてデビューしたミラーは、70年代の後半にDCとマーベルのいくつかの作品に携わった後、1979年にマーベル・コミックスの『デアデビル』でペンシラーに就任。同シリーズでデニス・オニールが編集に加わったことで、ライターも手がけるようになる。1986年、デニス・オニールも編集を担当した『バットマン:ダークナイト・リターンズ』のライターに抜擢され、続いてバットマンのリランチ後の第1作目である『バットマン:イヤーワン』のライターも担当。その後も『ダークナイト・ストライクス・アゲイン』、『オールスター・バットマン&ロビン』、『ダークナイトIII:マスターレイス』など、独自のダークナイト・ユニバースを舞台にしたバットマン作品を手がけ続ける。DC、マーベル以外にもダークホース・コミックスで『シン・シティ』、『300』といった、実写映画化もされたコミックスを手がけている。

デヴィッド・マツケリー【David Mazzucchelli】
コミック・アーティスト。1960年生まれ。1980年代からマーベル・コミックスでコミック・アーティストとして活動を始める。1986年に『デアデビル:ボーン・アゲイン』でフランク・ミラーと組み、翌1987年に『バットマン:イヤーワン』でも再びミラーとタッグを組んだ。その後は大手出版社との仕事から離れ、『ラバー・ブランケット』や『アステリオス・ポリープ』といった個人のインディー作品を多く手がけた。『ガラスの街』や『ブルックリン・フォーリーズ』といったポール・オースターの小説のコミカライズなども担当している。

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